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院長ブログ

「患者中心の医療」は「患者のいいなりの医療」ではありません

2014/10/23

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家庭医療の専門医となるのに、生物心理社会モデルを利用した診療ができることとなっています。この生物心理社会モデルとはEngelという人が提唱した理論であり、患者の臓器だけでなく、その人柄や心理状況、その人の背景にある家族や社会環境も考慮し、利用するというものです。この理論を診察技法へと落とし込んだものが「患者中心の医療」と考えられています。

患者中心の医療による診察技法には6つの要素があります。

①疾患と病い体験の両方を探る

②全人的に理解する

③共通基盤を見出す

④予防と健康増進に取り組む

⑤患者・医師関係を強化する

⑥現実的になる

これら6つの詳細を書きたいところですが、書いているとあまりにも長くなってしまうので、もしこれを読まれている医療職の方はモイラ・スチュアート著「患者中心の医療」を購入して読んでみてください。ちなみに家庭医療の研修医にはこの本は教科書といっていいような存在です。

上記を利用した例を紹介したいと思います。

10月のある月曜日に4歳の男の子が母親と一緒に受診しました。症状は37度台の熱と鼻水です。そのほかは特に問題なく、食欲もあり、元気です。話をしていくうちに以下のようなことがわかりました。

・これまでにしばしば中耳炎になり、抗菌薬を投与されてきた。

・母は今回も中耳炎が心配で、抗菌薬を念のためだして欲しいと考えている。

・生後6か月の妹がおり、うつさないか心配である。

・インフルエンザの予防接種はまだしていない。

・この週末にお遊戯会がある。それになんとか出たい。

さて、体を診察してみると、のど・耳・胸の音・お腹は異常ありませんでした。医学的な診断は急性上気道炎、いわゆる風邪です。

医師は以下のように説明しました。

「診察したところ、胸の音はきれいですし、心配していた中耳炎もないようです。風邪だと思います。風邪ですので、この数日をピークに自然によくなっていきます。ただ、長い人は2週間くらい咳や鼻汁が続くひとがいます。」

ここで、母は抗菌薬を念のため飲ませたいと考えています。しかし、医学的には風邪に対して抗菌薬を処方するのは厳かに慎まねばなりません。簡単に理由をここで説明しますと、風邪に対して、抗菌薬で投与すると利益はほぼゼロであり、逆にその副作用で悩まされる人が圧倒的に増えるからです。

ですので、上述の理由をわかりやすい言葉で説明し、心配なことがあればいつでも電話相談して構わない、再来院して構わない旨を説明しました。すると、母親も納得し、安心したようでした。

この後、医師は妹にも当然うつる可能性はあるので、手洗いをしっかりすること、咳があればマスクをすることを指導し、体調が良くなれば、インフルエンザの予防接種を受けることを勧めました。さらに症状が長引く場合や、ひどくなった場合はいつでも受診するよう指示し帰宅となりました。診察には全体で10分かかりました。

上述の例では完璧とはいえなくても、ある程度、患者中心の医療を提供したと言えると思います。

この場合、患者さんは子供で母親の心配のために来院したといえるでしょう。多くの不安・心配というのは先行きが見えず、過去の経験も踏まえて、あれやこれやと妄想することから起きていることがほとんどです。これに対し、妄想を否定するのではなく、それを受容し、先行きを示し、適切な対処法を示せばたいていの方は理解し、安心してもらえる印象です。で、結局はこの方には当初の抗菌薬をだしてほしいという希望はかないませんでしたが、さらにその奥にある欲求は満たされたのではないかと思われます。あるいはもう話しても無駄だと思ったのか、それはわかりませんが、もしそうだとしても、これを行わずにただ「風邪に抗菌薬は百害あって一利なし」と言って、突っ返したのではたとえ医学的に正しい判断であったとしても、この患者さん親子の反感と残念な思いはさらに強かったでしょう。

長々と書きましたが、そしてまだ書き足りないのですが、本当にざっくりいうと、

患者中心の医療とは患者さんの思いと医学的判断と社会への影響を考えて、その状況でベストを選択していく医療と言えるでしょう。

ただ、そのベストの選択も結局は患者の寿命を縮める可能性があることも頭に入れておかねばなりません。ただ、そこは患者の幸福か寿命かの天秤になってくるわけです。

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